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「国家と芸術家」シリーズ
カレル・チャペックの作家人生を、チェコスロバキア共和国の誕生と消滅(1918年~1939年)の出来事と対比させながら、カレルが、国家や民主主義とどう向き合い、ファシズムにどう抵抗したのか、を描く。兄で芸術家(画家・作家)のヨゼフ、恋人(やがて妻になる)で女優のオルガ、ユダヤ人の軍医で作家の親友ランゲル、交流のあったチェコスロバキアの初代大統領トマーシュ・マサリク等が活躍する群像劇。
昭和15年、朝鮮・水原(スウォン)郡。日本政府による「創氏改名」の任にあたる日本人青年と、親日家でありながら改名を拒んでいる地主。その家に700年に渡り伝えられる、一族の系譜がつづられた「族譜」に圧倒されながらも説得を重ねるが、やがて地主の周辺で日本政府による圧力がかかり始める…。朝鮮半島における「創氏改名」政策の真実を描いた原作を舞台化。国家と文化のありようを問う。
軍国少女であり、軍国の小学校教師であった自分への深い憤りと懺悔。「教育」への限りない理想と情熱を、北森竜太の青春に託して書き上げた三浦綾子の傑作長編小説「銃口」を舞台化。2007年まで全国巡演を続けるとともに、2005年には韓国国内14か所24回の巡演も行った。
1939年9月1日早朝、ナチス・ドイツは、宣戦布告なしにポーランド攻撃を開始した。第二次世界対戦の勃発である。ソ連も素早く介入し、ポーランドは二分される。そして、その頃のポーランドには350万人のユダヤ人が住んでいた。ユダヤ人のヤンクル家とメンデル家の人達はナチスの手から危機一髪逃れることができ、ユダヤ人難民救援委員会のメンバーであるデビットの助けでリトアニアの首都カウナスのアパートに潜むことがで
太平洋戦争末期、日本の敗戦を見通しながらも対応に追われる一人の皇族と、戦況を憂い、人心を一新して本土決戦に備えようとする将軍。一方、戦争に一人息子を召集され、悶々の日々を送る下町の靴職人。この靴職人が屑屋に売り払った「伝家の宝物」をきっかけにこの三人が出会うことになるが…。戦後50年、飯沢匡追悼公演として、飯沢喜劇の代表作を上演。2019年、別演出にて再演。
1994年、戦後49年目の年に誕生した二人芝居『父と暮せば』。1995年より日本各地を巡る全国公演を開始。戦後60年を迎えた2005年までに、通算368ステージを数え、『紙屋町さくらホテル』『リトル・ボーイ、ビッグ・タイフーン』の原点ともなった。女優栗田桃子を迎えて、装いも新たに上演。次世代に語り継ぎたい、井上戯曲の傑作にしてこまつ座のライフワーク。
アウシュビッツ博物館(ポーランド)から東京のホロコースト教育資料センターに貸し出された茶色い古びたかばん。かばんには、ハンナ・ブレイディ 1931年5月16日生まれ ドイツ語で“孤児”と大きく書いてありました。ハンナは、どんな女の子だったの?劇団銅鑼アトリエ、東京芸術劇場ほか様々な場所で・・・あなたとハンナを探す旅が始まります。
次世代に、そして全世界に語り継ぎたい明日への再生の物語「人類史の折り返し地点」 ―― 井上ひさし2020年紫綬褒章を受章した演出家・鵜山仁が捧げる、終戦から3年後のヒロシマを舞台に父と娘が織りなす命の会話
石澤富子作『木蓮沼』は、詩的で多彩なイメージ、そして背後の沈黙の世界の深さが印象的な作品であり、その言葉、世界を活かすために、単に一本の戯曲を表面的に忠実に再現するというのではなく、斬新なコロス劇として上演された。それは三人の登場人物を四人で演じたり、あるいは一人で生きてみたりと、役を固定せず、役のアイデンティティに揺さぶりがかかる演出が行われ、その共同作業の中から作品世界の深部が鮮烈に浮かび上る
日本・セルビア演劇交流プロジェクト
【日本初演、五人の俳優、十五人の登場人物、三つの愛の物語】かつては希望の象徴だった町。そこに集まった三世代の男女5人。信じていた全てが崩れ落ち、都会の無秩序な繋がりの中、愛に飢え、自分の居場所もない。それでもなりふり構わず人生に挑み続け、辿り着いた先に見えた世界は、天国か地獄か!? 紛争後のセルビアそして世界の「リアル」を描いた、セルビアン・ブラック・コメディーを本邦初訳で日本初上演。
平和は言葉を作り、「笑」を生む。戦時中の人生体験は独特の日本の話芸を生んだ。戦争の苦労はなんのその、落語三昧に生きた話芸の天才二人の生き様とは?円生と志ん生、共に「昭和の名人」といわれる域まで芸を作り上げた噺家。リズムとテンポで軽妙な芸を得意とする兄弟子の志ん生と心に沁みる人情話を得意とした円生。性格の違う二人は戦時中の大連巡業から、戦後の生き方まで常に一緒、笑いとともにその奇想天外な行状行脚が史
こまつ座「戦後"命"の三部作」の記念すべき第一作。魅力あふれる新しい俳優を迎え堂々上演。
(フライヤーより)時は、検閲厳しき昭和15年。劇団『笑の大学』座付作者と警視庁の検閲係。これは喜劇(コメディ)ではない。喜劇(コメディ)をテーマにした人間ドラマだ。
深い闇の中に、鋭く射し込むスポットライト。魂に響くヘンデルの名曲と台詞。苛酷な運命に操られる若者たちの悲劇を、幻想的な美しさと、力強いタッチで浮かびあがらせる。ワレリー・ベリャコーヴィチが世界を驚かせた魔法の演出!!天才演出家ワレリー、凄艶華麗なる剣幸、そして、抜群のアンサンブルで魅せるピッコロ劇団、ついに“劇突”。
ソ連の作家ミハイル・ブルガーコフを題材とした評伝劇。ブルガーコフは、その著作が「反革命的」であるとソ連では出版禁止や上演禁止になった作家だが、その才能はスターリンにも認められており、それゆえモスクワ芸術座から生誕60年を記念したスターリンの評伝劇の執筆が彼に依頼された。本作は、このスターリンの評伝劇を書いていた時期1938~1940年のブルガーコフを取り上げ、独裁者スターリンとの関係を描いた作品。
東京に、大きな空のあったころ。祖母から聞いた話と、祖父から聞けなかった話。その光と影を紡いで結ぶ物語。銭湯帰りに見上げる月を、ライカ犬を乗せた宇宙船スプートニクが横切ってゆく。この高台の町の片隅に、戦前から続く工業所を営む一家が暮らしていた・・。作者が自らの系譜を辿り、曾祖父母の人生をモチーフに創作。昭和四十四年の夏と、昭和三十三年の春夏秋冬を舞台に、戦後を生きた市井の人々を瑞々しく描く群像劇。
ローマ帝国の将軍タイタス・アンドロニカスは、ゴート族との戦いに勝利しローマに凱旋する。民衆はタイタスに、空位だったローマ皇帝になるよう要望するがタイタスは固辞し、かわりに先帝の長男サターナイナスを指名する。新皇帝サターナイナスは、捕虜であるゴート人の女王タモーラを妻にする。タモーラはタイタスに強いうらみをもっている。愛人アーロンや息子たちを使い、皇后という立場を最大限に利用して、タイタス一家を次々
昭和4年、上野は谷中の太平洋画会研究所のアトリエで真剣に裸婦のデッサンに取り組む若き画家、靉光(あいみつ)、井上長三郎、鶴岡政男、寺田政明、松本竣介たち。そんな頃、まだすすきと大根畑におおわれた低湿地帯、池袋にポツリポツリとアトリエが建ち始める。貧乏画家たちは、一人また一人とそこに集まり、やがてその一帯は芸術家の街と化した。そろいもそろって酒好き、女好き、喧嘩っ早い。けれどいったん絵を描きはじめた
これは井上ひさしが紡いだ敗戦のひとつの真実。そしてラジオの魔法。私はだれでしょう。だれであるべきでしょう。ラジオはいつも人々のそばにあった。戦時中は「大本営発表」、8月15日は「玉放送」。敗戦後、東京放送会館は建物をGHQに接収されていたが、「復員だより」「街頭録音」「のど自慢」そして「尋ね人」・・・人気番組は多く、あの頃、ラジオを聞いていた。これは戦後のラジオ放送にひたむきに取り組む放送局職員た
シアターねこカンパニープレゼンツ ラボラトリーシアターvol.4
戦争中に1人の男が自分の家だけで敵国と和平を結び、その「平和の家」には平和を享受しようと様々な人物がやってくるのだがー。シアターねこカンパニーラボラトリーシアター第4弾は、紀元前425年ペロポネソス戦争の真っ只中に発表された現存する世界最古の平和物語といわれるアリストパネスの「アカルナイの人々」にインスパイアされ、シアターねこが現代版「平和の家」体験シアターに姿を変えます。果たしてどんな人々が訪れ
実話から生まれたいのちの寓話が今、語りかける。ある南の島。ガジュマルの木に逃げ込んだ兵士二人は、敗戦に気づかず、二年間も孤独な戦争を続けた――人間のあらゆる心情を巧みに演じ分け、観る者の心に深く刻みつける山西惇が、再び本土出身の"上官"を演じる。注目の新キャスト・松下洸平は、柔らかく、おおらかな存在感で島出身の"新兵"に挑む。歌手・普天間かおりをガジュマルに棲みつく精霊"語る女"に抜擢。琉歌に乗せ
進駐軍の占領下で、今日を生き抜くために人びとは闇の売り買いに必死だった。親を亡くし、子を亡くし、夫を亡くし、友を亡くした人びとが、世の中の新しい枠組みの中で、無我夢中に生きていた。ひとり息子の健太郎を戦地に失った愛敬稲荷神社の神主牛木公磨も、今では近くに住む五人の未亡人たちと寄り合って、闇米の調達に奔走している。そんなある夏の日。思いもかけず、死んだはずの健太郎が愛敬稲荷神社にひょっこりと帰還する
1945年8月9日、戸坂潤は獄死した。戦争が終わるわずか数日前のこと。時は遡ること13年前。「野蛮で反知性的なファシズムに対し、我々はあくまでも知性を武器にして闘い抜く」と、戸坂潤は岡邦雄、三枝博音と共に唯物論研究会を立ち上げた。しかし「危険思想を広める恐れがある」と特高警察の監視が始まり、やがて集会禁止から執筆禁止に。それでも彼の楽天性が奪われることはなかった。
日本を心底恨みながら日本人を心から愛した魯迅。これはこの魯迅とその妻と、彼の臨終に立ち会った四人の日本人の滑稽な、しかしなかなか感動的な物語です。
1948年夏、広島。3年前の原爆により目の前で父を亡くした美津江は、幸せ人なることを自分に禁じて生きていた。そんな彼女の前に、父が現れ・・・人形劇ならではの斬新な手法で、井上ひさしの名作戯曲をお届けします。
国民的はなし家、円生と志ん生。うちひしがれた戦後の日本人を心底笑いで励ますことになるこの二人の大名人は、敗戦のときを満洲南端の都市大連で迎えていた。ソ連軍の侵攻と同時に大連は封鎖され、日本国からは見捨てられる。二人がふたたび祖国の地を踏んだのは、じつに六百日後のことであった。 戦禍の街を命からがら逃げまどう二人のはなし家。巡りあうのは、まるで地獄のような情景ばかり。住む家もなく、食べる物もなく、し
(フライヤーより)私生児をみごもりナチの施設〈レーベンスボルン〉の産院に身をおくマルガレーテは、不老不死を研究し芸術を偏愛する医師クラウスの求婚を承諾した。が、激化する戦火のなか、次第に狂気をおびていくクラウスの言動に怯えながら、やがて、この世の地獄を見ることに…
原爆投下から3年後の広島を舞台に、父と娘の精緻な対話が織りあげる、ほのかな恋の物語。しかし核兵器の、人類の存在をも脅かすそのおぞましい力は、可憐な娘の心にも大きな傷跡を残していた。生きる喜びを失くしてしまった娘にふたたび希望の光を蘇らせるために、いま、父は全身全霊で娘に語りかける。
旧人類は500万年間進化しなかった。そこに現人類が現れ、他種の殺戮をはじめた。手や知識が「力」となり、創意工夫が文明を発展させていく。やがてヒトは全能な力を崇拝する共同体となり、同じ力(神)を信じない者への弾圧は残虐を極めた。そこで、他者との共存を図るため「寛容」という概念が生まれる。共同体はしだいに国家となり、暴力を独占していく。武器は、鈍器なものから鋭利なものへ発達し、弾丸となりやがて情報とな
『父と暮せば』で原爆投下後のヒロシマを描いた井上ひさしが、桜隊の史実をもとに原爆投下直前の広島の3日間を舞台に、戦時下でも演劇を愛し、芝居の力を信じ、「一人ではできないことをしている、一人の人間の力をはるかに超えたなにか大きなもの、なにか豊かなもの、なにかたのしいもの、それを望んで、それをたしかに手にいれている」と身も心も捧げた人々の苦難と喜びを、笑いと歌声を交えながら描く“演劇讃歌”の物語。
1950年代、敗戦前の若手エリート官僚が久しぶりに集い久闊を叙す。やがて酒が進むうちに話は二人の故人に収斂する。一人は首相近衛文麿。近衛を知る参加者が近衛を演じ、近衛の最大の失策、日中戦争長期化の経緯が語られる。もう一人は外相松岡洋右。また別の一人が松岡を演じ、アメリカの警戒レベルを引き上げた三国同盟締結の経緯が語られる。更に語られる「帰還不能点」南部仏印進駐。大日本帝国を破滅させた文官たちの物語
第二次大戦後、大陸で敗戦を迎えた多くの日本人が、シベリアに抑留された。最初の冬、多くの人々がその厳しい冬を越えられず、帰らぬ人となった。ひたすら”帰還(ダモイ)”を待ち続け、その日を信じて生き延びようとする人々。そんな中でも日本人とロシア人との心温まる交流もあった・・・
松井石根孫文、蒋介石と親交を結び誰よりも日中友好を願いながら戦犯として葬られた陸軍大将その男の悔恨と最期の日々
天神ビッグバンが進み大いに盛り上がる天神。ソラリアデビルは「ワン・フクオカ・ビルディング」の開業で絶好調。ところが謎の力により ソラリアデビルは過去へとタイムスリップをさせられてしまう。過去の福岡は、博多が人気スポットで、天神は寂れた場所だった!天神を にぎやかにしようと奮闘するソラリアデビル。そこへ戦争が始まったという知らせが・・・。
「汝殺すことなかれ・・・また、おのれの如く汝の隣人を愛すべし」このイエスの言葉を素朴に信じて召集を拒み、戦争に反対した片倉友吉。彼は、名もない一介時計工場の労働者である。だが、大戦の遂行か下にあっては言うまでもなく非国民扱いであり、死よりも過酷な罵倒と拷問と脅迫が彼を待ち受けていた。さらに彼だけにとどまらず、周囲の人達をも巻き込んでいった。父は自殺、弟は職を追われ暴死。そして母親が、妹が、友人たち
1987年、月蝕歌劇団旗上げ作品の再演。七里ヶ浜に転覆したボートに乗っていた少年たちは何処に消えた? 血を吐く美少女の正体は何か? 戦前の帝都に出現する女神の目的は? 因果の小車の渦の中、真白き富士の嶺♪緑の江の島♪の旋律にのせてハーメルンの笛吹き伝説と女子挺身隊が結合する!
かみしばいと演劇と音楽の合わさったパフォーミングアーツ。小さくしまって遠くまで持ち運べ、箱から大きく立ち上がるように広がるポータブルな演劇を目指す。町々へ出かけて、地域の人々を巻き込みながら、子どもにも大人にも楽しんで体感してもらえるよう、うたとおどりを混ぜた立体的なかみしばいを行う。【あらすじ】隣り合った大きな国と小さな国の国境を守る老人兵士と青年兵士。少しずつ二人の心が近づいていく中で、国と国
1945年8月、朝鮮半島は35年の長きにわたる日本の支配から解放された。喜びに沸く半島で、在朝の日本人は大きな混乱に巻き込まれた。拘束され、裁かれる大日本帝国の公人たち。罪状は「支配の罪」。77年前、彼の地朝鮮半島で何が起こったのか?一人の日本人官僚の目を通して語られる「命の記憶」の物語。
ごく普通のイギリスの中流家庭に生まれた兄のトムと弟のフィギス。弟のフィギスは心の優しい子で人の気持ちを読み取る不思議な力を持っていた。そんな弟が、ある時奇妙な言葉を喋りだし、「自分はイラクの少年兵だ」と言い始める。フィギスは12歳、トムは15歳。湾岸戦争が始まった夏の事だった・・・。
NHK編「戦争を知っていますかー語り継ぐ女たちの体験」を乾氏が構成。第一話「満州からの最終列車は燃えた」 第二話「艦砲の嵐をくぐりぬけて」 第三話「母さん、水をちょうだい」 第四話「ムッちゃんはどこへいったの」
1940年夏、リトアニアの首都カウナス郊外。穏やかな丘の上に突然鳴り響く銃声。日本領事代理・杉原千畝と妻・幸子、医学生・藤島の三人は、ナチスのポーランド侵攻により祖国を追われ逃れてきたユダヤ人家族と出会う。翌日、日本領事館は大勢のユダヤ人たちに取り囲まれた。その中に丘で出会った家族、ヤコブ、ヨセフ、エリエッタ、セガロの姿もあった。彼らの唯一生き延びる手段は日本領事館で「日本の通過ビザ」を手にし、そ
1917年にR.ゲーリングが執筆、1924年に築地小劇場が日本初演した『海戦』を全員女性キャストで上演。女性が語ることで生じるであろう違和感を手がかりの一つに、人と人が分断される「戦争」について改めて考える機会とした。あらすじ:戦艦の砲塔内部で海戦を待ち続ける7人の無名の水兵たち。いつ戦いが始まるかわからない不安と焦燥から、各々の葛藤が交錯する。彼らの精神状態が極限に近づく中、ついに戦闘が始まる。
岸田國士戦争劇集
日本の近代劇に多大な影響を与え、今も「演劇界の芥川賞」と呼ばれる戯曲賞にその名を刻む劇作家・岸田國士。戯曲や評論を数多く執筆し、文学座の創設にも携わるなど演劇界に大きな影響を及ぼしました。岸田國士は戦争をどのように見ていたのか? 岸田の「戦争劇」を並べて上演することで、岸田と当時の日本人が戦争をどのように見ていたのか浮かび上がらせます。
辛くも全滅を免れた「東北バナナン軍団」の臨時幕営では、男たちが飢えに苦しんでいた。戦闘よりもむしろ飢餓で倒れていく仲間たちを救うべく、男は生き残りをかけた東北特産フルーツの生存戦略に身を投じていく…。
「国家と芸術家」シリーズ
1920年代初頭に「乳白色の下地」という独自の技法を確立し、日本人として初めてパリで成功した画家、藤田嗣治。彼の人生の内、パリ時代(1913年~29年)と、日本に帰国後、トレードマークのおかっぱ頭を丸刈りにし、軍部の協力要請に従って、「アッツ島玉砕」等の戦争画の創作をしていく太平洋戦争時代(1938年~45年)を取り上げた評伝劇。
青年団プロデュース公演
(フライヤーより)別役実氏の名作『マッチ売りの少女』を大胆に翻案し、さらに『AとBと一人の女』『象』といった初期作品群から、台詞を多数引用、コラージュする形で作品を作り上げる。初老の夫婦の食卓を、次々と訪れるマッチ売りの少女たち。その少女たちと、夫婦を中心とした街の人々との奇妙なやりとりを軸に、市民社会の脆弱さが浮かび上がってくる。
さあ、声を合わせて高らかにうたいましょう。日本中を虜にしたあの唄を。■ものがたりリゾート地の裏に密かに佇む小さな美しい村に移り住んできた夫婦。都会の喧騒から逃れるように、病を患っている妻とともに、ひっそりとそこに暮らしはじめた男。 ある日、庭仕事を始めた妻の元にゾンビたちが現われる。 夜な夜なゾンビと会話を交わす妻を心配に思う男。 やがて男にもゾンビたちが見え始める。男はゾンビたちを妻から引き離す
歴史はくりかえす。物語はよみがえる。お布団のマスターピース、再上演。古代ギリシアでソポクレスが書いたアンティゴネと、それを改作したブレヒトのアンティゴネ。ふたつを元に想像された、新たな物語。死体をゾンビ兵士として再利用する技術が確立された遠い未来。戦火の街で暮らす二人の姉妹が直面する運命とは――。向こう側(フィクション)の戦争が、わたしたちの今を照らし出す。
実在の人物である、文学者・医者のユダヤ系ポーランド人、ヤヌシュ・コルチャックの後半生を描く。第一次世界大戦後、ユダヤ系とポーランド系の孤児院を運営するコルチャック。その孤児院は、厳しい管理や強制ではなく、子ども達の自治を実践していた。子どもを一人の人間として尊重し、彼らの自治による世界を実現するという、革新的な彼の主張は、1989年に国連で制定された「子どもの権利条約」に生かされている。ナチスのユ
放浪生活を続ける作演出の実体験を元に作られた、異国の密室劇。学生時代に行った初演が好評を博し、4度目の再演。中東の安宿を舞台に、バックパッカーたちが集う。青年団の冒険王を彷彿とさせるが、舞台はその数十年後。あり得なく見えて、ものすごくあり得る話。パスポートを申請して、飛行機の切符を買って、成田エクスプレスに乗って。そしたら着いた。マジで着いた。バザールが立ち並び、街中には水パイプの香り。笑顔でよっ
どこにいるのか、袴垂れ。どこへいくのか、袴垂れ。 理想を掲げた共同体がどこから生まれ、どこへ行きつくのか…現代日本の抱える問題に鋭く切り込む!軽快で絶妙なセリフの応酬、変幻自在のムーブメントに乞うご期待!
舞台はシベリア。ソ連によって抑留されている日本人兵士たちとリトアニア人女性との出会い。二人はいつしか惹かれ合うようになるが、それが波紋を巻き起こしていく・・・。リトアニア人と日本人の共通体験であるシベリア抑留をモチーフに、数年にかけて話し合いを重ね合同製作。リトアニア演劇界を牽引する一人、J・ヴァイトクスの演出が光る。また、あちらこちらに散りばめられた両国の文化が融合した美しい舞台。
昭和庶民伝三部作 第一部
昭和庶民伝三部作・第一部 紀伊國屋書店創業60年記念提携公演昭和15年の浅草。小さなレコード店「オデオン堂」に4人の家族と二人の間借り人が仲良く暮らしていた。しかし、陸軍に入隊していた長男の正一が脱走して「非国民の家」扱い。追手がかかり憲兵が住み込みで見張りをする始末。ところが長女・みさをがたくさんの傷痍軍人と交わしてきた文通ハガキの中から選んだ源次郎と結婚するにいたって、今度は一転「美談の家」に
1942年、アメリカ。ルーズベルト大統領の行政命令により、十一万人の日系人が強制収用所送りとなった。収容所の数は国内に十か所。前年の真珠湾攻撃により太平洋戦争がはじまり、アメリカは日系人の隔離政策を行ったのだ。 自国民を日系であるという理由だけで市民権を剥奪し、収容所に閉じこめ監視する。合衆国憲法違反である。 さて、舞台はカリフォルニア州の砂漠地帯マンザナ。バラックの強制収容所の一室。 朗読劇上演
彼にとって、彼女は一切であった。娘であり、母であり、獣であり、マドンナであった…。すぐれた東洋美術史学者であり、類まれな万葉調の歌人であり、また独創を重んじた書家として名を成した會津八一。そんな彼の、遠縁の娘きい子との神聖な恋。彼を慕って集まってきた教え子たち。彼らがやがて巻き込まれていく、幾つかの過激な事件、そして戦争の影…。
「国家と芸術家」シリーズ
「動物農場」「一九八四年」で知られるイギリスの小説家ジョージ・オーウェルの評伝劇。第二次世界大戦下、まだ無名の小説家だったオーウェルことエリック・アーサー・ブレアが、大英帝国の崇高な理念と帝国主義の欺瞞に板挟みになりながら、どう成長していったのかを、彼を取り巻くイギリス在住インド人たち(親日派・親英派双方)と、彼の妻アイリーン、そして、女性小説家キャサリン・バーデキンとの交流を通して描いた。
原爆投下から3年後の広島を舞台に、父と娘の精緻な対話が織りあげる、ほのかな恋の物語。しかし核兵器の、人類の存在をも脅かすそのおぞましい力は、可憐な娘の心にも大きな傷跡を残していた。生きる喜びを失くしてしまった娘にふたたび希望の光を蘇らせるために、いま、父は全身全霊で娘に語りかける。
ユニット美人が2012年に半年をかけて上演した三国志シリーズ(全5話)。三国志お馴染みの武将たちを女性が演じる。「命をかけて誰かを守ったことがあるか?」という謎の声にNoと答えた33歳独身会社員の粥見ひとみは、三国志の部屋に閉じ込められてしまう。元の世界に戻るために漫画版三国志を読み込み、10年間の社会人経験を活かして、三国志の世界で誰かを守るために試行錯誤を重ねるのだった。
王冠を捨てた恋で知られるエドワード8世とシンプソン夫人、彼らと関わりを持っていたアドルフ・ヒトラーの関係を、認知症「レビー小体病」を患っていた晩年のウォリス・シンプソンの視点で描く。野心と後悔と愛、老と死、そして、戦争と平和を考える大人のためのラブストーリー。
芸術は、いったい誰のもの?芸術とは、劇場とは?宮城聰が初めて挑む、骨太の社会派作品!原作は、1936年に書かれたクラウス・マンの小説『メフィスト』。当時、ドイツ最高の俳優と謳われ、国立劇場の芸術監督でもあった実在の人物グリュントゲンスをモデルとし、発禁状態にまでなった小説は、80年代にはフランスの太陽劇団により舞台化され、ハンガリーのサボー監督による映画でも知られる。時代に翻弄される天才俳優の姿を