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コンテンポラリーダンス ソロ作品
新型コロナウィルスの蔓延からこれまで、長い時間をかけて、心の中の深く暗い部分に巣食い・広がって来たのは自分の死を・大事な人の死を恐れ、感染経路が分からないまま忍び寄ってくるウィルスや人々の行動に恐怖し、感染により社会から居場所を失ってしまう事に怯え、人を疑い・疑われる事が恐くなり、離れた家族と会えない事以上に帰って来て欲しくないと心の距離まで離れてしまう、人に心があるから生まれてくる、そんな沢山の
1999年からOguriとその妻Roxanneが続けているシリーズ「Flower of the Season」。その一環として上演されたOguriのソロ作品で、30年来のコラボレーターである作曲家のポール・チャベスも生で音風景をつくりだした。プログラムノートにはポール・ボウルズの言葉、「あと何回満月を眺めるか? せいぜい20回だろう。人は無限の機会があると思い込んでいる」が引用されていた。
ダンスの歴史にフォーカスをすることでダンスの「継承」と「再構築」の2つの視座からプログラムを構成した公演「ダンスの系譜学」で発表された中村恩恵による2作品。(共同製作:Dance Base Yokohama、愛知県芸術劇場。2021年10月に愛知県芸術劇場にて初演)言葉にならなかった声に耳を澄ませた中村恩恵の作品『BLACK ROOM』と、イリ・キリアンが中村のために振り付けた『BLACKBIRD
太田省吾の台詞劇にもとづく創作に挑んだ本作。使用テクストは、ひとりの老人と亡妻の幻影とのはかない交渉をめぐる「棲家」。太田の言語態への新たな応答を試みるきたまりの振付・演出。人物の関係性に潜む官能を静かにあぶり出す由良部正美の踊り。上演の時空間に独特の彩りと陰翳を与える野村誠のピアノと嵯峨治彦の馬頭琴。劇言語×ダンス×生演奏のクロスオーバーによって、生死の境域、記憶の情景が浮かびあがる。
「ダンステレポーテーション」展
2020年5月にDance Base Yokohama(DaBY)のオープニングイベントとして予定されていたTRIAD DANCE DAYSにて、山﨑広太が振付ディレクターを務めるサイトスペシフィック・ダンスが中止になったことにより、唐津絵理(DaBY/愛知県芸術劇場)が企画・総合ディレクターとなる新プロジェクト「ダンステレポーテーション」が始動した。オンラインでの対話から始まる創作を経て、生まれ
2010年12月東京初演。あらゆる歴史的過去から切り離され、縹渺とした現代性の荒野に生きる人間の状況を直截的な手法で浮き彫りにしたもの。大災害や破滅を示唆する舞踏は、間もなく起きる大震災や放射能汚染を予知したものとも評された。欧米やロシア、ウクライナ、イスラエル、メキシコ、インドネシアでも上演され極度に乾いた世界観は各地で衝撃を与えている。
この舞踏パフォーマンスは、無垢と暴力を並置するヘンリー・ダーガーのファンタジー世界にインスパイアされている。インターネットで見つけた実際の戦いの音が、無邪気さを象徴する身体の動きと対比される。この作品は、無力感を強いる信念というシステマティックな暴力に対する両義的な感情への問いかけを試みると同時に、この時代を特徴づける残忍な恐怖を想起させる。殺すための誕生 壊すために造る 存在消される 貼り付けら
折田克子がギリシアメテオラの真っ赤な月を見た際にインスピレーションを受け、創作したソロ作品。針で突き刺すとプシュットはじけそうな真っ赤な月。月の光を通し陰と陽、妖精性から妖艶さ、多様な女性像、宇宙観、生死感、無、等、様々な要素を凝縮させた舞踊作品。作者独自のボディテクニック、間、呼吸等、時に音楽を奏でるような間合い、音楽性は、石井獏そして石井みどりのリトミックの技法が基にあり、折田克子の独自の世界
別離についての13編の詩からなる踊り手の自著『詩集 透明な綾』をモチーフに2つのソロダンスを上演。その日の体と場へ応答し即興性を歓迎する自作の[solo_a]、大谷悠による振付を踊る[solo_b]の2作。詩集に寄せて制作された、鈴木彩加による美術作品が会場に佇み、終演後にはIchizo Yoshiokaによる楽曲を配布。’25 11月、再構成・再創作した『透明な綾(11月、駒ヶ林にて)』を、下町
TOKYO DANCE TODAY #3
青山円形劇場の空間を生かした独創的な作品を発表するダンスシリーズ「TOKYO DANCE TODAY」の第3弾。ダンサー、振付家として様々な分野のアーティストとコラボレーションし、ジャンル横断的に活躍する森下真樹の構成・演出・振付・出演による作品。
大森政秀舞踏儀 アンモナイトの爪-Ⅳ
「大森政秀舞踏儀 アンモナイトの爪」の第4回公演。北海道の炭鉱町で生まれた大森が、幼少時に野原で群生する「スカンポ」を食べたときを思い起こし、常に存在しながらも無用で無名のままの肉体を発見しようとした作品。状況劇場役者、天竺五郎と土方巽の「四季のための二十七晩」出演者、時計(ときけい)が飛び入りで登場するが、これはまったくのハプニングだった。終盤で「大森さん、いいぞ」と声をかけたのは女優の中島葵。
無駄な時間の記録
「無駄な時間の記録」は、2021年に開始した、スコアを元にダンスを立ち上げるプロジェクトです。このプロジェクトでは、スコアによってダンスを正確に記述・保存することより、それを用いることでダンスを一旦作者の身体から引き離し、それを巡ってフラットで開かれたコミュニケーションを立ち上げ、新たな表現の形を生み出していく可能性に着目しています。2021年は、4名のダンサー/振付家が、スコアを組み込んだ形でソ
あんず動物紀 [Anzu’ology] Ⅲ
「あんず動物紀」シリーズのうちの3作目となる「鳥」の初演。チラシにはダ・ヴィンチの次の言葉が引用されている。「大地は、その上に憩える一羽の鳥によって動かされる。」プログラム: 1.スーパーマン / 2.ジャスミン・キスミン / 3.月の兎
大野一雄フェスティバル2005(第2回)にて上演された大野慶人のソロ作品。自らの来歴を振り返り、大事なモーメントを与えてくれた人に感謝を捧げる構成で、父である舞踏家大野一雄の代表作「ラ・アルヘンチーナ頌」の最初のシーンで使われた帽子とケープをつけて踊る場面もある。カーテンコールでは慶人が一雄の車椅子を押して登場、万雷の拍手に囲まれた。各場のタイトルは次の通り。シティボーイ / 土方巽に、一心に感謝
TOKYO DANCE TODAY #2
青山円形劇場の空間を生かした独創的な作品を発表するダンスシリーズ「TOKYO DANCE TODAY」の第2弾。「ク・ナウカ シアターカンパニー」の中心メンバーだった俳優の美加理による舞と、サウンドアートユニット「project suara」主宰の種子田郷による音楽が融合するパフォーマンス。
フランスを代表する著名な現代詩人、ジャン ・デイブの最新詩作「アントニオ・ グラムシ」をもとに構成された、武藤直美の舞踏と著者自身の朗読によるパフォーマンス作品。1926年から亡くなるまでムッソリーニ政権によって投獄された、イタリア共産党の創設者であり哲学者アントニオ・ グラムシ。ロシアで出会った妻のジュリア、彼の収監期間中獄中ノートとその執筆を助ける二人の義姉妹タチアナとタニア、哲学者とその文書
大野一雄、大野慶人を敬愛して止まないアノーニと、大野慶人とのコラボレーション。2010年に「Antony and the Ohnos」で初共演を果した二人は、その後ロンドンとサンパウロで再演を重ね、本作で再び相見えた。「たしかな心と眼」の冒頭、舞台上のスクリーンにウィリアム・クラインが1961年に撮影した土方巽、大野一雄、大野慶人の写真が投影され、舞踏の創世記を活写したイメージの中から大野慶人が登
闇に蠢く魑魅魍魎、夜が明けると何処へともなく消えていくモノたちの祝祭の踊り。関美奈子とと共に振り付け、上演したデュエット "All Moonshine"(1989年)の一部をソロに振付し直し、それに吉岡由美子が新しい振付を加えた改訂版。朝と夜、生と死、光と闇など対極と見える二つのものは 密接に繋がり、絡まり合って私たちの世界を支えている。舞台上の二つの砂山と、それをつなぐ赤い光線がその2元世界の繋
舞踏家・大野一雄が100歳を迎えた2006年10月から1年間は「大野一雄 100歳の年」として展覧会や公演など世界各国で様々な100歳を祝うイベントが開催された。中でもガラ公演「百花繚乱」にはピナ・バウシュの映像出演を含め国内外から実に23組の踊り手が集結、2日間にわたり密度の濃い舞台が繰り広げられた。両日ともカーテンコールには大野慶人の押す車椅子で大野一雄が登場した。以下は、第一夜の出演者とその
有科珠々舞踏作品
『桜影』は、有科珠々によるソロの振付作品です。3つの象徴的なキャラクターと3つの状況を描きます。彼らは桜の木の影でうごめく虫のように、質素で厳しい生活を送ります。第1部:黒衣の女幽霊と静かに暮らしていた喪服の女性が、突然の非常事態に見舞われます。爆撃、逃亡、没収、避難。彼女は平穏な日常生活に戻れるのでしょうか?第2部:私の小さな領土様々な人間や動物が自分の領土を愛し、守り、脱出する。小さな領地をめ
ゲッティンゲンで開催された第一回マム・フェスティバルの一環として行われた。フェスティバルは一貫して、「舞踏とフリージャズ」をテーマとして例年開催、舞踏家、ジャズミュージシャンを招聘した。本作は、遠藤と高瀬、沖による即興的なセッション。
川口隆夫による「舞踏についてのコンセプチュアル・パフォーマンス」。大野一雄の代表作の公演映像から、その踊りを完全コピーする。コピーに徹する川口のパフォーマンスが逆説的に大野一雄のダンスの魅力、スケール、謎を照射し、その反射光が川口隆夫というアーティストを輝かせる本作は、2013年の初演以来世界38都市で上演、2016年にはベッシー賞にノミネートされるなど大きな注目を集めている。本作は2021年6月
遠藤が終生のテーマとする「死」を探求した作品。死によって肉体と魂が遊離し、魂は目に見えないなにかとして私達の周りに漂っている。遠藤は「幽霊」を演じることで、舞踊家のリアルな身体とともにある「幻」のような何かを表現している。2019年パラチ (ブラジル) の文化センター、セスキ・シーロ (SESC Silo) で初演。
尾竹永子ソロプロジェクト「A Body in Places」
2014年から、尾竹永子は歴史家・写真家のウィリアム・ジョンストンとともに福島を訪れ、各地で無観客パフォーマンスと撮影を行なった。本作は、5回の旅で撮影された写真をまとめた約60分のビデオ映像を劇場の壁面に映し出しながら、尾竹がパフォーマンスを行なったプログラムを25分に編集したダイジェスト。彼女の身体を通して、震災後の福島の現在、歴史と環境という大きな問題が私たちの前に立ち現れる。
舞人として踊った五井輝が、前年の86年1月に死去した土方巽を追悼した公演。土方を思い出させる赤いスカートなどの衣装や音、音楽が随所に使われた。唇にはルージュを塗りたくり、背中一面に刻まれた風神雷神の入墨を見せ、剣山を自らの肉体に刺す。すべてをさらけ出して極度の集中をもって踊る五井に、「さながら土方の魂が降りたかのようだった」とThe Japan Times Weeklyのレビュー記事(1987年9
岩名雅記舞踏ソロ・1989ー1993年ヨーロッパ公演の記録。 ヘルシンキ:「即興」1993 / パリ:「すさび」 1989 (Espace Boris Vian)、「冷曲」1990 ・「光の肉」1991 (Théâtre des Amandiers)、「水引に胡蝶」1992 (Théâtre Montorgueil)、「しずがみ」1993 (Lavoir Moderne Parisien)
1986年スパイラル ESPACE AVENTURE『ダンスの季節の女たち』第2夜:黒沢美香公演で上演した(初演 1985年 俳優座)ラジオの国民的体操をモチーフとした作品。ーーースパイラル ESPACE AVENTURE『ダンスの季節の女たち』について スパイラルホールは劇場であり、ギャラリーであり、倉庫でもあり・・・つまり、どんな風にも使える空間です。 スパイラルでは、舞踊によってこの空間へ挑
遥か内へと降りていく ああ ピシリピシリと鳴る薄い磨り硝子越しの光の庭で ずっと一緒に鳴っておりました。舞踏家・大倉摩矢子のソロ舞踏公演。自身の幼少期の実体験と現在の肉体を溶融させてゆき、ただ、そこに在り続け、歩み続ける。あらゆる存在が自在に行き交い、交感する存在へ変貌していく。そして、生きることへの祈りへと昇華していく——。
フラメンコ・ルネサンス21「新人公演」は、日本フラメンコ協会が1991年より継続してきた、新人フラメンコ・アーティスト育成事業としての公演である。カンテ(歌唱)、ギター、バイレ(舞踊)群舞、バイレ・ソロの各部門で構成される。コロナ禍により前年度が史上初めて中止となる中、2021年第30回公演は無観客開催とし、初の映像配信を実施。以後の配信形式定着の契機となった。優劣を競うのではなく、すべての出演者
今貂子KYOTO舞踏館上演作品
KYOTO舞踏館は、歴史的な土蔵を改造して、定員8名の舞踏専用劇場として2016年7月開館。「秘色」はKYOTO舞踏館上演作品として、こけら落としの初日から毎週木曜のロングラン公演を続け、国内及び世界69か国から訪れた観客は間近で生の舞踏を体感した。新型コロナ感染症の影響で、2020年4月より休演。公演数はそれまでに378回を達成。映像は、無観客で2021年5月9日に収録された。
DANCE DANCE DANCE@YOKOHAMA2021連携企画
舞踏家上杉満代の独舞と高松真樹子の映像とのコラボレーション作品である。この公演は2021年秋まだコロナ禍の大きな制限のある状況で行われた。感染症を回避するため多くの公演がリアルでは行われなくなり、舞台作品がデジタル情報として発信されることが常態となる中で、あらためて「リアル」の意味を問い直す意図をもっていた。会場は横浜黄金町高架下に設けられた広場で、通行人も行き交いする、開かれた特別な環境が選ばれ
―もし、「舞踏」が舞台の上に現前だか、顕現だか、降臨だかしたならば喝采。未だかって、そのような舞踏の神が微笑んだ舞台にお目にかかった事はないけれど、こちらも手をこまねいている時間はない。神が愚図るようであれば、引きずり出すなり、燻り出すなりし、たとえ歪んでいようとも微笑んでもらはねばなるまい、それが舞踏への返礼というヤツだ。―プログラムより1971年に初の独舞踏公演を開いたその同じ場所で(当時は高
1986年ベルリンで開催されたヨーロッパ初の舞踏フェスティバルに参加した古川あんずが、ベルリン芸術アカデミーの庭で踊る。最初にミリアム・ゴルトシュミットによってドイツ語で朗読されるテキストは、土方巽による1985年の講演『衰弱体の採集』からの抜粋。池の中から始まる踊りには「MARY CAKEWALK 」「 FOR A.X. 」「 Last Tango in Berlin」と名がつけられている。
さあクイズです。次のうち、心臓のないものが5つあります。どれでしょう。銀杏の木 / トマト / 幼虫 / ミミズ / 小夜啼鳥 / ホモサピエンス / サバ / オウムガイ / きのこ / 蛸 / 象 / ウイルス / 蜂 / あんず1941年、東條英機が「撤兵問題は心臓だ」と言った年、私の母は12歳。1965年、ベトナムはリベラリズムの心臓だとジョンソン大統領が北爆を始めた年、私は12歳。198
うわすべりを紡いでいたら、いつのまにか愛だった。時間をかけて裏返したら、魂だった。近づきすぎたか、遠く離れすぎたか、見えなくなった。足音がしたので、応えたらやっぱり雨が降ってきた。たまたまそこにおっさんと一緒に雨宿りをした。しずかに。ほんとしずかに。ほんとグルービィに。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「ダンスボックス・ソロダンス・シリーズ」では、100席の小劇場空間ならではの緊密さを
本多愛也の代表作、「白球」。2009年ソロ公演 「ゾエルナ!」より
東京芸術祭2022 芸劇オータムセレクション
現代社会におけるコミュニケーションの諸問題を独自の手法で描き出す劇作家・山本卓卓のテキストと、老若男女から電車や犬に至るまで25役を巧みに踊り演じ分けるダンサー・北尾亘の身体がコラボレート。国内外を旅して再演を続ける、演劇×ダンスの異色傑作。
-パントマイム たちざわー 初単独公演 『わー』 わーっと笑って わーっと驚いて わーっと喜んでくれるような新しい形のパントマイム!
「俺が代」は、日本国憲法や、文部省(当時)による教科書『あたらしい憲法のはなし』、そして尾崎行雄、芦田均などの演説をテキストとして用いながら、日本国憲法の本質を浮かび上がらせ、憲法やこの社会についての問いを共有するソロパフォーマンス。これまで愛知県芸術劇場、京都芸術センター、Festival Temps D' Images Cluj などにおいて上演されてきたかもめマシーンの代表作です。憲法という
Don't cry boy
村々を繋ぐ、ひくく小さな山の連なり北厳の四季に、悲哀を満たして石狩の水が流れていた。―チラシより五井輝の生まれ育った家からは、石狩川を挟んで向こうに音江山が見えた。標高730mの平べったい山は、沖里河山・無名山と共に音江連山として地元では親しまれている。
「FLAMENCO GALA TOKYO 2022」は、1927年竣工の歴史的建造物であるスパニッシュ様式の洋館・小笠原伯爵邸を舞台に開催されたフラメンコ公演イベント。日本フラメンコ協会が、コロナ禍の文化支援事業「AFF2!(Arts for the Future 2)」を活用して主催した。来場者は邸宅内を巡りながら、パティオでの群舞やラウンジでの演奏、ダイニングをタブラオに見立てたステージを体験
舞踏の誕生に深く関わった3人の舞踏家——土方巽、大野一雄、大野慶人の代表作を現代のダンサーが完全コピーする。踊り手の川村美紀子、川口隆夫、松岡大は、舞踏の精神を現代の手法で鋭く反応する、当代きっての3人。川村が土方巽の『疱瘡譚』、川口が大野一雄の『ラ・アルヘンチーナ頌』、松岡が大野慶人の『土方三章』を厳密に再現した。アーカイブ映像の慎重な分析と真摯な稽古によって、舞踏をいま・ここに引き継ぐ試みであ
音楽の贈り物(ポトラッチ)
1985年3月から渋谷ジャンジャンにて行われたシリーズ「音楽の贈り物(ポトラッチ)」の第二弾。毎回様々なジャンルからの演奏家を招き、古川あんずのダンスとの共演を試みた。第一回は山下洋輔(ピアノ)、第三回は安倍圭子(マリンバ)、最終回には杵屋弥十介(三味線)が出演した。プログラム 1.ヒロシマのメンデルスゾーン / 2.アリババと40人の盗賊 / 3.シャーロック・ホームズの冒険
アンモナイトの爪番外編
「奇妙な物質のささやきⅡO」と題された、様々の舞踏家達による日替わり連続公演の一演目として上演された本作は、石井と大森のソロとデュオとで構成される。ソロパートは即興舞踏に重点を置いて自在に展開し、デュオパートもきっかけの申し合わせのみで進行した。緩やかな、また即興性が高い構成の中で、それぞれが他者の肉体といかに混ざり合えるのかを試みた。
劇中講談「大石理玖物語」(旭堂南陵 作)
良妻賢母として名高かった大石内蔵助の妻・りく。彼女の本当の想いはどこにあったのか・・・。上方講談界の重鎮 旭堂南陵の筆による講談台本を元に工藤千夏が新たな解釈を加え一人芝居を書き下ろした。講談師・旭堂南明としても活躍する俳優・天明留理子の「講談に彩られたひとり芝居」。本作は前年2018年夏に近畿最古の芝居小屋、出石永楽館にて行われた「大石りく物語」をバージョンアップして新たな作品として上演された。
北京一パントマイムコレクション#2
-エティエンヌ・ドゥクルーに師事した数少ない日本人マイムアーティストの一人である北京一。パントマイムの王道を継承しつつも独自の世界を作り上げてきました。そこにパントマイムの真髄があります。
流れこむ景色があなたのからだをつつんでとかす― 俳優・辻村優子によるリラクゼーション型パフォーマンス「ほぐしばいシリーズ」の第3弾。観客は施術台の上で横になり、テキストの発話と手技による施術を体験します。発話される言葉は複数人から採取され、実際には存在しない景色を描写。辻村の語りと施術の交差により、観客の感覚の中に新たな〈景色〉が立ち上がります。
-パントマイムのイメージを変えて、観る者に感動を与えてくれる山田とうしのソロマイムステージ。出身地三島市で行われた公演。
1940年代の大東亜戦争中、インドネシアで日本軍の慰安婦とされたオランダ人女性、ジャン・ラフ=オハーンの物語に触発され創作された鈴木アイリのソロダンス作品。戦争という人が人を傷つける事が当たり前の状況下で女性の尊厳を問いつつも、ジャンの「ゆるし」の視点を元にその意味を探ると同時に作家が自身と観客に同じ問いを投げかける。
1997年夏、釜山国際海浜舞踊祭に参加する福士正一の活動を追ったドキュメンタリー。福士が自らの舞踊哲学を語るインタビューのほか、福士に強い影響を与えた舞踏家森繁哉と民俗学者赤坂憲雄の対談、共に活動する福士輝子等の話しを通して、ユニークな活動を浮き彫りにしている。釜山の市場や海岸で即興で踊りながら見知らぬ人々の中に入り、その場その場で心の交流を生み出す様は、福士の活動スタイルの真骨頂を表している。
ごがつに みれる たのしいもの明石スタジオ提携 Aiya HONDA Pantomime Cabarette作品:マイウェイ、ウェイター、レフェリー、トレンチコートの男、はじめてのデート、ブルースハープ
イギリス児童文学の傑作、ルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」に触発され、構想された作品。白兎に導かれ、白い闇の中、眠りの中の非連続のシュールな世界が繰り広げられる。アジアのアリスを求めて驚きと可笑しさばかりのノンセンスワールド。
白鳥と一緒に帰りたいと、思った。こう、こう、こう銀色の空の下聲の余韻が 静まり返った沼地に小さく 羽撃くー沼地へ私の躰を浸しに、私の躰を還しに。
舞踊公演
歴史的な文脈を踏まえつつ、斬新な切り口で歌舞伎作品を現代化してみせる木ノ下歌舞伎。本作『娘道成寺』は、2008年に『三番叟/娘道成寺』の二本立てで初演し、2012年に30分に短縮した長唄音源を用いて初上演。その後、2017年には長唄の録音音源をほぼ全曲使用した60分のフルヴァージョンとして再創作し、再演を重ねるたびに進化してきました。演出・振付・出演は、きたまり。長唄を基に、背景や心情から、演目そ
遠藤は1970年代に渡欧し、マックス・ラインハルトセミナーに学び、以来長年ドイツと日本の二拠点で活動している。本作は東北大震災直後の日本に寄せる思いを作品化した。自然災害としての地震、人災としての原発事故、そして人々の悲しみと再生への希望が語られる。2012年10月、ハノーファーのTheaterwerkstattで初演。
1933年に発表された谷崎潤一郎の随筆『陰翳礼賛(いんえいらいさん)』は日本の美意識を探求した書として今尚、世界各国で翻訳されて読み継がれている。本作では、舞踏家の身体と精神に潜む陰影の美しさを蝋燭のたゆたう炎に照らし出すことで「暗闇の中から発見する新たな身体」をテーマに浅井信好がソロパフォーマンスとして上演。
テルプシコール企画舞踏新人シリーズ第28弾
大倉摩矢子、初の長編ソロ舞踏。自身の幼少期の体験や母への想いを基に即興舞踏で体現。第35回舞踊批評家協会賞 新人賞受賞作。まるで穴の中でぐるぐるとまわりつづけているかのようなあれやこれやの堂々めぐり。そこから飛び立つ白い鳥。穴をうめようとすることよりも穴のまんまでいいんじゃないか。ただしその穴の優しい暗さに溺れてしまうこと勿れ。そんな微熱に毒薬を。
福士正一は青森を拠点にオドラデク道路劇場を主宰する舞踏家。青森市役所に35年間勤務しながら、路上や劇場での舞踏活動を国内外で活発に行ってきた。本作は2017年5月フランス旅公演の記録である。ストラスブール、ニームの街中、学校、ギャラリーなど各所で踊り、居合わせた人々と舞踏を通して交流する様が活写されている。パリでは、ベルタン・ポワレ劇場での舞踏フェスティバルに参加した。
50年にわたり舞踏家として活動している雪雄子の北国での生活を追う民族誌学映像作品。この映像は森と人、記憶から生命のかたちへの賛歌であり、森羅万象の宿る場で、日常の生活のなかから踊りが生まれる瞬間を記録したものである。2021年、米国地理学会や日本文化人類学会等で上映された。
OSAKA DANCE EXPERIENCE
「一、無音であること。一、即興であること。一、1時間1本勝負であること。一、直径2mの光の輪の中で踊ること。一、周囲を観客に囲まれていること。以上の条件のもとで踊ります。私のダンスにとって真に必要なものとはいったい何か。~ かつて身体ひとつになってしまったところから始まったのが私のダンスなのですが、音楽もない小さな照明のなかから、はたして何を伝えることができるのでしょうか。」